MRMの組み方のすすめ

このページは中谷の個人的なすすめです.時間があるときに少しずつ更新します.
分析化学の初学者のためのボランティア記事です.

MRM最適化の手順は以下からなります.
①標準品を調製する
②プリカーサーイオンを確認する
③プロダクトイオンを探索する
④コリジョンエナジー (CE) を最適化する
⑤プレロッド電圧を最適化する
⑥カラムを接続した分析を行い選択性の高いトランジションを決定する

①標準品を調製する

まずは測定対象とする標準品を購入しましょう.コストとの兼ね合いもありますが,質量分析を使いますので可能な限り高純度のものとしてください.試薬が届いたら状態を確認してください.購入段階では粉末であるか,溶液になっているか,どのような溶媒に溶けているかが分からない場合があります.今回は粉末であると仮定します.試薬が十分量ある場合と,微量しかない場合では調製の仕方を変えた方がよいです.

例.
Testosterone,1 g,5,500円 (試薬が安く十分量準備可)
21-Deoxycortisol-d8,1 mg,43,000円 (試薬が高く少量しか準備不可)

十分量ある場合は,約1 mg程度となるようにチューブ*に秤量ください.実際に秤量できた重量に対して,添加する溶媒**量を調節して濃度を正確に合わせます.この時ピペットマンを使用して構いませんが,使用前に水を用いて規定容量を添加できているかは確認してください.
私の場合は,1-10 mMの濃度で約1-2 mL容量を大元のストックとして-80度冷凍庫で保管しておき,一部希釈して100 µMの濃度で1 mLをワーキングストックとして-30度冷凍庫に保管して適宜実験に使用しています.

微量しかない場合は,電子天秤での秤量ができませんので,購入した重量に対して目的濃度になるように溶媒**をそのまま試薬チューブに添加します.その後,試薬チューブから管理用チューブ*に全量移して同様に保管してください.

*チューブについて,水・メタノールを使用する場合はエッペンチューブで問題ないです.可能であればセイフロックチューブがよいです.また,クロロホルムを試料溶媒に含む場合はガラスチューブとしてください.キャップはフッ素加工したものがベターかと思います.

**大雑把に親水性代謝物は水,ステロールや脂質メディエーターはメタノール,脂質はクロロホルム:メタノール (1:1) で溶解できます.一部特殊な化合物もあるので,販売元の情報も参考にしてください.

<おまけ1>濃度の単位
濃度を表す単位としては,ppm,g/L,µg/dL,mol/L (M) などがありますが,個人的な考えとしては質量分析の場合はmol/L (M) を使用するのが良いのではないかと考えています.質量分析計の検出器では単位時間当たりに衝突した分子数 (を元にして増幅した電子) をカウントしています.したがって,質量分析では分子数を規定できるmol/L (M) を使用するのが最も自然と言えるでしょう.例えば,1 g/Lのグリシン (分子量75) を注入した時と,1 g/Lのコルチゾール (分子量362) を注入した場合では一見同濃度の測定にみえますが,実際は分子数が5倍程度異なり,これは質量分析では同量とは言えないです.とはいえ,いずれの単位もよく使用されているのは事実ですし,どの単位でも適宜単位換算できるようにしておいた方がいいですかね.

<おまけ2>分析系の感度の表し方
論文中ではよくppm,g/L,µg/dL,mol/L (M),molなど分析系の定量下限や検出限界を示されています.個人的な考えとしては質量分析の場合はmolを使用するのが良いのではないかと考えています.濃度で記載した場合は,分析系への注入量により実際にMSに導入された分子数が変わります.注入量を変えることは頻繁にありますし,分析系の感度はモル数で表記した方が直感とリンクしやすくオススメです.

②プリカーサーイオンを確認する


次に,ワーキングストックを希釈して1 µMの試料を作製してください.近年のMSであれば1 µM溶液を1 µL注入 (=1 pmol) すると凡そ検出可能かと思います.見えない場合には100 µMまで濃度を上げてみてください.

試料が調製できましたら,カラムを外してフローインジェクション分析ができるようにLC-MSをセットアップします.

スキャンレンジは試料の分子量が収まる範囲とし,ポジティブモードとネガティブモードの両方を取得します.
溶媒は実際に使用する分析メソッドの移動相セットとし,50%Bとします.一例を以下に示します.

Scan range100-1000
polaritypositive/negative
Loop time< 1 s
Solvent A5 mM AmmAce in H2O/ACN (75:25)
Solvent B5 mM AmmAce in IPA
Composition50%B
Flow0.3 mL/min
Injection volume1 µL

この条件で1 µM標準品のスキャンを実施します.

通常の高圧グラジエントポンプの場合は凡そ1 min以内の位置に,TICクロマトグラムでピークがみられますので,その位置のスペクトルを調べます.必要であればバックノイズの減算も行ってください.

プリカーサーイオンとしてあり得るイオン種の一覧を以下に示しました.

あらかじめ構造式からイオン種ごとの質量電荷比の理論値を計算しておき,この中でヒットするものを探します.

注意点としては,溶媒中に添加していないのにも関わらずナトリウムイオンに由来するナトリウムイオン付加分子がみえることはよくありますが,ガラス瓶からのコンタミネーションであるナトリウムイオン量は規定することができないため,MRMトランジションのプリカーサーイオンとして使用することはお勧めしません.あくまで参考としてください.同様の理由で移動相溶媒でありえないイオン種は使用しないようにしましょう.

   Compound1Compound2Compound3
PolarityIon speciesChargeC19H28O3C19H30O3C21H34O4
posM+H-H2O1287.2005565289.2162066333.2424213
posM+H-2H2O1269.1899918271.2056419315.2318567
posM-H1303.1954711305.2111212349.237336
posM-H2O+NH41304.2271056306.2427557350.2689704
posM+H1305.2111212307.2267713351.252986
posM+Li1311.2193007313.2349508357.2611655
posM+NH41322.2376703324.2533204368.2795351
posM+Na1327.1930655329.2087155373.2349303
posM+CH3OH+H1337.237336339.252986383.2792008
posM+K1343.1670029345.1826529389.2088677
posM+ACN+H1346.2376703348.2533204392.2795351
posM+2Na-H1349.1750097351.1906598395.2168745
posM+ACN+Na1368.2196146370.2352646414.2614794
posM+2H2153.1091988154.1170239176.1301312
posM+H+Na2164.100171165.107996187.1211034
posM+2Na2175.0911431176.0989681198.1120755
posM+3H3102.408558103.0804414117.7558463
posM+2H+Na3109.7358728110.4077561125.0831611
posM+2Na+H3117.0631875117.7350709132.4104758
negM-H1303.1965683305.2122184349.2384331
negM+F1323.2027966325.2184466369.2446614
negM+Na-2H1325.1796097327.1952598371.2214745
negM+K-2H1341.1535471343.1691972387.1954119
negM+HCOO-H1349.2020476351.2176977395.2439124
negM+CH3COO1363.2176977365.2333477409.2595625
negM-2H2151.0946459152.102471174.1155783
negM-3H3100.3940051101.0658885115.7412934
negM+Cl-1339.173246341.1888961385.2151108


③プロダクトイオンを探索する

④コリジョンエナジー (CE) を最適化する

⑤プレロッド電圧を最適化する

⑥カラムを接続した分析を行い選択性の高いトランジションを決定する