【研究の背景と経緯】
代謝物には食事から摂取した成分や、それらを基にして体の中で生合成される成分があります。疾患では特定の成分が過剰産生されたり、あるいは枯渇状態になったりする様子が頻繁にみられます。したがって、代謝バランスの詳細かつ継続的なモニタリングは、疾患の早期診断や新規治療戦略への活用が期待されています。しかしながら、数千にも及ぶ代謝物の全体像であるメタボロームを一度の分析により一斉計測することは極めて難しく、これまでは複数のプラットフォームを用いた複数の分析方法を組み合わせる煩雑な方法が実施されていました。大量の検体を扱うコホート研究では、分析手法を選択せざるを得ず、活用できる代謝物情報が限定的になってしまうという課題を抱えています。
【研究の内容と成果】
私たちは、代謝物が電荷的に陰イオン性とそれ以外 (陽イオン性、両イオン性、非荷電) いう2つのグループに分類できることに着目しました。そこで、1-3級アミン及び4級アンモニウムカチオンを固定相として有する独自の分離カラムを用いた分離手法を検討しました。詳細な条件の検討の結果、陰イオン性の代謝物を正に帯電した固定相に吸着させながら、それ以外の陽イオン性、両イオン性、非荷電の代謝物を極性の違いを利用して分離分析する親水性相互作用クロマトグラフィー (HILIC) を分析前半にまず行い、次いでシームレスに、固定相に吸着させておいた陰イオン性の代謝物をイオン強度の違いを利用して分離分析する陰イオン交換クロマトグラフィー (AEX) を分析後半に行うというユニークな分離手法の開発に成功しました (参考図) 。私たちは開発した分離検出手法をunified-HILIC/AEX/MSと命名し、メタボローム解析における分析性能を従来法と比較しました。その結果、精度と代謝物情報量といった点で、本手法は、これまで世界で頻用されてきた測定法を凌駕する性能を示すことが確認されました。
【今後の展開】
今後、本手法は世界各国で汎用されている代謝計測を一新し、様々な疾患メカニズムを解き明かす新規ツールとして応用が期待されます。当研究室においても、ヒト検体をはじめとした様々なモデル生物の代謝研究へと本手法を応用し、代謝が関与する生命現象の分子基盤を解明していきたいと考えています。また、本手法は低分子化合物を測定する能力が非常に高いことから、食品の機能性成分、薬物動態、残留農薬といった様々な場面での利活用も期待されます。
【用語解説】
(※1) 液体クロマトグラフィー
化合物を分離する手法。移動相として水や有機溶媒などの液体を使用する。測定試料は移動相と一緒にカラム内をとおり、カラム内の固定相と相互作用をしながら分離される。相互作用の強さにより化合物が溶出する時間が異なるため、この溶出時間を特定の化合物の同定に使用することができる。
(※2) 質量分析
分子をイオン化し、飛行しているイオンの質量電荷比 (質量数÷電荷数) を電気的・磁気的な作用によって分離し、検出する分析方法。
(※3) HILIC
液体クロマトグラフィーにおいて、相互作用の種類によって分離モードの呼称が異なる。親水性相互作用を利用して化合物を分離する方法を親水性相互作用クロマトグラフィー (Hydrophilic interaction chromatography, HILIC) と呼ぶ。
(※4) AEX
液体クロマトグラフィーのうち、相互作用がイオン性相互作用によるものをイオンクロマトグラフィーと呼ぶ。特に、陰イオンが分析対象の場合は、陰イオン交換クロマトグラフィー (Anion exchange chromatography, AEX) と呼ぶ。