超臨界流体 (supercritical fluid: SCF) は、温度と圧力が気液の臨界点 (critical point) を超えた状態の流体であり、液体の持つ溶解性と気体の持つ拡散性の両方の物性を持ち合わせた理想の溶媒といえます。温度と圧力を制御することで,溶媒物性を自由に変化させることができることから、用途に応じた溶媒性能を付与できる高機能の媒体であると考えられています。また、超臨界流体を利用した技術は、有機溶媒の使用量を軽減できることから、環境負荷やコストの面で有利な技術です。超臨界流体はこれまでに抽出、分離・精製、反応などにおいて利用されており、その他にも洗浄、染色、粉末化、発泡など幅広い分野で超臨界流体の特徴を生かした利用方法が検討されています。
SCFの中でも超臨界二酸化炭素 (supercritical carbon dioxide: SC‒CO2) は、(1) 臨界温度 (31.1 °C)、臨界圧力 (7.38 MPa) が比較的低い、(2) 多くの有機化合物を溶解する、(3) 化学的に不活性、(4) 無毒で安価、といった性質から最もよく使用されています。馬場研究室では、メタボローム解析における「抽出」および「分離」プロセスにSC‒CO2の活用を試みてきました1)。超臨界流体を抽出媒体として使用した抽出操作は超臨界流体抽出 (supercritical fluid extraction: SFE) と呼ばれ、また、超臨界流体を移動相として使用したクロマトグラフィーは超臨界流体クロマトグラフィー (supercritical fluid chromatography: SFC) と呼ばれています。さらに、SFEとSFCをオンラインで接続した超臨界流体抽出-超臨界クロマトグラフィー (supercritical fluid extraction‒supercritical fluid chromatography: SFE‒SFC) は抽出と分析を単一行程で行うことを可能とした手法です。
SC‒CO2の極性はヘキサン程度とされるため、疎水性化合物の分離・分析に有用であるとされています。当初は、移動相に100%の二酸化炭素を使用して、温度と圧力の値を変更したグラジエントを使用することが主流でしたが、最近では、SC‒CO2に対してメタノールなどの有機溶媒をモディファイアとして添加した亜臨界流体として利用されることが多くなっています。これは、モディファイアを添加することで、極性化合物の移動相に対する溶解力を高めることができ、幅広い物性を有する化合物類を同時に分離・分析できるからです。
表. 各物質における超臨界流体の条件
超臨界流体技術の実用例として、我々はSFC/MSによる脂質分子の一斉分析 (リピドーム解析) の技術開発を行ってきました。SFCに精密質量を取得するとともにMS2測定が実施可能な四重極オービトラップ型質量分析計を接続することで、マウス血漿抽出物から500種以上の脂質分子種の同定、定量に成功しています2)。また、SFEは目的成分が含まれる対象物に抽出媒体のSCFを加え、溶解度の差を利用して抽出操作を行う手法です。一般的な有機溶媒抽出法と比べて、高い抽出効率、暗黒、無酸素下でのマイルドな条件での抽出が可能であり低環境負荷などの利点があります。そこで、我々はこのようなSFEの特性とSFC/MSの利点を最大限に生かしたオンラインSFE-SFC/MSによる代謝プロファイル手法についても検討してきました。オンラインSFE-SFC/MSは新生児マススクリーニングや遺伝性疾患の診断、バイオマーカーのスクリーニングを実施するためのろ紙血試料に適用可能な技術です。微量のマウス血漿 (3 μL) から調製したろ紙血を用いてオンラインSFE-SFC/MSによるリン脂質プロファイリングを実施したところ134種類のリン脂質の定量にも成功しています3)。
このように、超臨界流体技術は化合物の「抽出」と「分離」における溶媒の利用可能性を広げる新技術です。徐々にその有用性は広まりつつありますが、今後も超臨界流体の特性を利用した新しい分析法の開発やアプリケーションを開発していきたいと思います。分析技術の開発では定量リピドミクスの新分析法について紹介していますので是非ご一読いただければと思います。
参考文献
- Bamba T, Lee JW, Matsubara A et al : Metabolic profiling of lipids by supercritical fluid chromatography/mass spectrometry. J Chromatogr A 1250, 212–219 (2012).
- Yamada T, Uchikata T, Sakamoto S et al : Supercritical fluid chromatography/orbitrap mass spectrometry based lipidomics platform coupled with automated lipid identification software for accurate lipid profiling. J. Chromatogr. A 1301, 237–242 (2013).
- Uchikata T, Matsubara A, Fukusaki E et al : High-throughput phospholipid profiling system based on supercritical fluid extraction-supercritical fluid chromatography/mass spectrometry for dried plasma spot analysis. J. Chromatogr. A 1250, 69–75 (2012).